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1.近世の継承と昇華

京都市文化市民局文化芸術都市推進室
文化財保護課技師 清水 一徳

はじめに

このたび,当財団の機関紙「会報」への執筆機会を,今後約1年間にわたり,4回与えていただくことになりました。この4回を通じては,『京の近代仏堂』と題し,概ね明治から昭和戦前期までの京都の近代寺院建築に焦点を当て,その特質を取り上げてみようと思います。

周知のように京都市中の社寺は,元治元年(1864),蛤御門の変に端を発する火災により,大部分が被災しました。諸寺院がここから回復を果たし,堂舎の再建を果たすのは明治10年ごろを待たなくてはいけませんが,この時期以降に再興された寺院建築では近世までにはなかった特異な現象がいくつかみられます。なかには西洋建築技術を導入したり,19世紀後期以降に成立しつつあった建築史学の応用がはかられたものなど,いくつかの近代ならではの特質がみられます。

今回はこれらのうち,当時最も一般的な造営ケースであったもの,つまり「近世の建築形式や意匠を継承するもの」に焦点を当ててみようと思います。

この種の代表遺構としては,頂法寺六角堂,東本願寺御影堂・阿弥陀堂,清凉寺弁天堂,南禅寺法堂,知恩院阿弥陀堂等があります。これらの建物は様式的にも近世末期の建築として,京都の古建築リストからは漏れてしまうことが多いのですが,近世以前の蓄積に立って,極めて高い技術的水準を誇る建築が少なくありません。

本稿ではこれらのうち,東本願寺御影堂,仏光寺本堂(阿弥陀堂),法輪寺多宝塔の3件を取り上げ,具体的にその特質についてみていきたいと思います。

東本願寺御影堂(ひがしほんがんじごえいどう) 
京都市下京区烏丸通七条上ル常葉町


図1 御影堂正面全景(写真提供:東本願寺)

慶長7年(1602),徳川家康が教如上人に六条烏丸の土地を寄進し,御堂が建立されたのが真宗大谷派本願寺(東本願寺)の起こりです。江戸時代を通じて境内の同舎は火災と造営を繰り返し,元治元年(1864)の蛤御門の変ではほぼ全伽藍が焼亡します。その後再建がはかられ,現在の御影堂,阿弥陀堂はいずれも明治28年(1895)に竣工しています。

御影堂は,宗祖親鸞聖人の御真影を安置する建物で ,真宗大谷派の崇敬の中心であります。正面13間,側面8間,屋根は重層の入母屋造(いりもやづくり)としています。正面幅が約63mもあるこの建物は サマータイヤ 185/55R15 82V グッドイヤー イーグル LSエグゼ SSR プロフェッサー SP1R 6.0-15 タイヤホイール4本セット ショックアブソーバー KYB トヨタ クラウン LS110G 79/09~83/07 NSG4799B カヤバ ショック NEW SR SPECIAL(NEW SRスペシャル)フロントのみ,世界最大級の木造建築物であり,それゆえ技術的にも困難なところがあるにもかかわらず,入念な仕上げ,周到な設計により,それをみごとに克服しています(図1)。

御影堂の建築技法として,特筆すべきことは数限りなくありますが,近代ならではの技法として,この建物が内包する大空間を実現する構造技法の一端を紹介しようと思います。御影堂の内部は前後3列,

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,左右5列に区画されます。特に左右方向中央の柱間は48尺(約14.5m)もあり,御影堂における最大スパン箇所となっています。構造的に安定させるためにも天井の上部でこの中央間に5本の大梁を架ける必要がありますが,いずれの材も長さが十分でなく,一部の梁には耐力的な欠陥がみられるものが用いられています。注目されるのは,この5本の大梁のうち4本に斜材を配したトラス構造に似せた架構形態がみられ,それぞれ異なった斜材配置構成とされていることです。いずれも現在のトラス構造と比べると,節点の閉じていない不完全な形態ではありますが,当時としては補強の意味合いを持たせた実験的な試みであったものと予想されます。

なかでも参詣席上の大梁は直径が1.5mほどの大断面をもちますが,天井下の大虹梁(だいこうりょう)を鋼棒で吊り上げる必要もあり,やはりトラス構造に似せた架構を組んでいます(図2)。当時として珍しいこの工法の採用は,工事直前に上海に留学して当時の新建築技術を実見した棟梁伊藤平左衛門(第九代)の工夫とみられます。

御影堂では近代ならではの建築技法がほかにもいくつか確認できます。当時の工匠たちが日本の伝統建築技術の練磨とともに,洋風建築をふくめた当時最新の建築技術にも敏感であり,臨機応変にその応用をはかっていたことがわかります。


図2 参詣席上の大梁(写真提供:東本願寺)
天井下の大虹梁を網棒で釣り上げ 15インチタント エグゼL450系WEDS マッドバンス 01(ゼロワン) マットブラックポリッシュ 5.0Jx15エナセーブ RV504 165/55R15,上部にはトラス状架構を組んでいる

仏光寺本堂(ぶっこうじほんどう)(阿弥陀堂(あみだどう))
京都市下京区高倉通仏光寺下ル新開町


図3 本堂正面全景

仏光寺は浄土真宗仏光寺派の本山です。建暦2年(1212),親鸞聖人が山科の地に草庵を結んだのがその草創と伝えられ,寺基は山科の地から今比叡汁谷(現在の東山区),その後,豊臣秀吉の懇請により天正14年(1586)に現在地(下京区新開町)に移転しています。

現在地に移転してからは ◆CELSIOR◆セルシオ◆H6.10~9.6 UCF20 21前期◆Hiビーム◆HB3◆70W 薄型 HIDキット◆即納◆,慶長元年(1596)の山城大地震,天明8年(1788)の大火,元治元年(1864)の兵火などによって幾度も堂宇の被災・焼失に遭いますが,その都度再建がはかられており,現在伽藍の中心を占める大師堂(御影堂)は明治17年(1884),そして本堂(阿弥陀堂)は同37年にそれぞれ再建遷仏式を行っています。

本稿ではこのうち本堂に焦点を当ててみようと思います。本堂は正面7間,側面7間,屋根は一重入母屋造とし,向拝(こうはい)三間,本瓦葺としています(図3)。平面は真宗仏堂としてはほぼ通規のものですが,上質な材料や高い彫刻技法など総じて緻密で手のこんだ建築であるといえます。


図4 本堂軒裏
三段の垂木で構成されている軒

 


図5 本堂小屋組
扇状に敷き並べた桔木材を基盤に
小屋組が構成される

本堂の建築技法として注目されるのが,軒のつくりです。一般に日本建築では垂木(たるき)が1段または上下2段に並びます。これらをそれぞれ一軒(ひとのき),二軒(ふたのき)と呼んで区別しますが,仏光寺本堂では垂木が3段に並んでおり,三軒(みのき)となっています(図4)。これは事例として極めて少ないものです。当然ながら垂木の段数が増すと,軒は深くなり構造的に不安定になります。一般に社寺建築等では軒先を支えるために,軒裏から小屋組内(天井と屋根との間の空間)に桔木(はねぎ)という材を取り付け,梃子(てこ)の原理を利用して,長く突き出ている軒先を支えるようにしていますが,当本堂では建物の中心付近まで達する長大な桔木材を扇状に敷き並べ,この上に屋根を支える小屋組を載せています。つまり桔木自身が上部小屋構造の基盤となることで,軒荷重と釣合いをとるよう組み立てられているわけです(図5)。この種の構造は社寺建築では塔建築によくみられるものですが,当本堂のような大規模仏堂建築で採用されるのは稀であるといえます。

本堂の棟梁は「市田重郎兵衛」という大工であることが判明しています。彼のいくつかの遺作からみる技術者としての傾向は,江戸時代以来の伝統建築技法に則りつつそれに改良を加え,仏堂建築技術のさらなる高みの実現に寄与した工匠であるとみられます。

仏光寺本堂は市田の思想,そして近代ならではの仏堂建築技法の進化がよくみてとれる好例といえます。

法輪寺多宝塔(ほうりんじたほうとう)
京都市西京区嵐山虚空蔵山町


図6 多宝塔全景

法輪寺は嵐山の渡月橋を見おろす虚空蔵山(こくぞうやま)に位置する真言宗御室派の古刹です。応仁の乱による衰退後,江戸時代初期に入り堂舎が再建されますが,元治元年(1864)に蛤御門の変に係る戦闘により堂宇の大半が廃燼に帰することになります。

伽藍の再興は明治17年の本堂再建以降順次進められ,多宝塔はこの再建事業の最後を飾るもので,昭和11年に竣工しています。閑院宮の発議により,公爵一条実孝らを再建願主とし,京都出身の堂宮大工佐々木岩次郎の設計,京大工三上吉兵衛の施工によるものです。

多宝塔のつくりですが,下層は方三間,柱間装置は四面とも中央間に扉を構え,両脇間を連子窓(れんじまど)とします。内部には四天柱(してんばしら)を立て,南を正面とし仏壇を設けます。上層は12本の柱で円形の軸部をつくります。軒は下層を平行垂木,上層を禅宗様(ぜんしゅうよう)の扇垂木としています。屋根は銅板葺です(図6)。

江戸時代を通じて社寺建築では建物を合理的に,また巧みに組み上げるという目的,そして建築デザインの指標として,一種の設計基準が生まれます。しかしこの多宝塔は,必ずしもそれに囚われない方針をとることにより,さらに安定した構造 [ホイール1本(単品)] VOSSEN / HF1 (CGP) 22インチ×11.0J PCD:114.3 穴数:5 インセット:43 DISK:DEEP,外観の比例,軒廻りの軽快な収まりを実現させていることがわかります。いくつかの注目技法のうち,2点について紹介しようと思います。

まず構造的なことでは,多宝塔の一般的な組上げ構造は,下層の地垂木(じだるき)・地隅木(じすみぎ)の尻に盤を置いて上層の柱を立てるというように,下層の上に上層を積上げる方式ですが,この塔では下層の組物(くみもの)(柱上にある軒の重荷をささえる部分)の上に柱盤を架渡して上層柱を建てる方式をとっています。この方式では複雑な軒廻りの工作を上層の組上後に施工することが可能です。おそらく工法的な利点を考慮したものとみられます。

次に意匠的なこととして,一般に多宝塔の上層は平面が円形で構造的に不安定なため,十分に組み固める必要があり,「四手先組物(よてさきくみもの)」という壁から前方へ大きくせり出した組物を軒廻りにぎっしり並べますが,この塔の上層組物はより簡素な組物(「三手先組物(みてさきくみもの)」)とし,塔身から放射状に持ち送る組物の配列も減じています(図7)。これは組物や肘木(ひじき)の重複による繁雑な意匠を嫌い,軒を軽快に納めようとする意匠的な意思があったと考える他ありません。結果,軒廻りを見ますと緩やかな軒反りと相まって,すっきりした納まりになっています。

近世までの規範を土台としつつも,必ずしもそれに囚われないこれらの構造・意匠方針は,この塔の安定した構造や外観を実現するのに,きわめて成功したように思われます。

近代京都の和風建築史において重要な役割を果たした佐々木岩次郎,

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,三上吉兵衛の優れた意匠感覚と確かな技による優品といえるでしょう。

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